人事評価基準で行動規範は浸透するか?
会社が大切にする価値観を社員に浸透させることを目的として、行動規範を人事評価基準に落とし込むことを検討する中小企業経営者は少なくありません。経営者がこのように考える背景には、主に以下の4つの期待があると考えます。
①会社として重視していることを伝える
✓行動規範を人事評価基準に反映し、評価や処遇と結び付けることで、「行動規範は会社が大切にしたい価値観である」というメッセージを社員に発信したい
②行動規範への接触機会を増やす
✓自己評価、フィードバック面談など、人事評価に関わる一連のプロセスを通して行動規範を意識する機会を増やし、認知度や理解度を高めたい
③期待する行動を具体化する
✓抽象度の高い行動規範を、人事評価で扱えるよう具体的な行動レベルまで落とし込み、社員に何を期待しているのかを明示したい
④行動を促進する
✓評価結果を昇給や賞与などの処遇へ反映することで、会社が期待する行動を促したい
このように整理すると、人事評価基準を活用した行動規範の浸透は、一見すると有効な施策に見えます。私自身も一定有効であると考えていますが、一方で以前からとある「問い」を持ちながら、人事評価制度策定・運用に携わっています。
問い:行動規範を人事評価基準に落とし込めば、本当に浸透するのか?
人事評価基準は価値観を浸透させるための手段の一つです。しかし、私は人事評価基準だけで行動規範の浸透につながらないと考えています。人によって「浸透」の捉え方は異なりますが、私は、社員一人ひとりが価値観の意味や背景を理解し、腹落ちさせた上で、自発的に行動している状態を「浸透」と定義しています。言い換えれば、
【共感】価値観の意味や背景に共感する
【自分事化】自分自身の仕事や役割と結び付けて捉える
【内発的実践】自らの意思で日々の判断や行動に反映する
というプロセスを経ている状態です。
この前提に立つと、人事評価基準だけで浸透させることに限界があると考えます。具体的には、以下の3点です。
限界① 人事評価基準だけでは、価値観への共感を生み出せない
人事評価基準に行動規範を反映することで、社員がそれらに触れる機会を増やせます。そのため、認知度や理解度の向上には一定の効果はあります。しかし、価値観への「共感」まで生み出すことは難しいと考えます。なぜなら、社員が価値観に共感するためには、「なぜその価値観を大切にしているのか」を理解することが不可欠だからです。
こうしたものは、人事評価だけで伝えきれるものではありません。むしろ、経営者からの日々の発信や上司・同僚との対話、組織内で共有される成功・失敗体験などを通じて、少しずつ理解が深まっていきます。そう考えると、人事評価基準は価値観への接触機会を増やす手段にはなり得ても、共感を生み出す主たる手段には至らないといえます。
限界② 価値観の具体化が自分事で考える余地を狭める
行動規範と人事評価基準は、本来の用途は異なります。行動規範は、社員に対して判断・行動の指針を示しています。事業環境や顧客ニーズは絶えず変化しており、正解は一つとは限りません。企業が変化に対応し続けるためには、社員一人ひとりが自分自身の仕事や役割と結び付けて、主体的に実践することが必要です。だからこそ、行動規範は一定の抽象性を保ち、解釈の余地を残す形で明文化されます。その一方で、人事評価基準において最重要事項は、公正公平な人事評価を実現することです。そのためには、評価者間の評価のばらつきを防ぐために、具体化することである種の正解を基準として提示します。
この点が行動規範を人事評価基準へ反映する難しさです。行動規範を具体的な行動レベルまで落とし込むことで、社員は何を期待されているのか理解しやすくなります。社員はその正解に沿って行動しやすくなりますが、その反面、自ら考え、自分なりの解釈を加える余地は小さくなります。前述した通り、私が考える浸透とは、会社が示した正解に従うことではなく、社員一人ひとりが価値観に意味を見出し、自分事として捉え、行動する状態です。そう考えると、行動規範を過度に具体化することは、行動の促進にはつながっても、自分事化を妨げることになります。価値観の浸透を目指すのであれば、「どこまで具体化するか」だけでなく、「どこをあえて具体化しないか」という視点も重要です。
限界③ 処遇に反映することは、外発的動機付けである
人事評価結果が昇給や賞与、昇格と結び付くと、社員は評価される事柄を意識します。そういった意味では、行動規範を人事評価基準と結びつけ、処遇と直結させることは会社として望ましい行動を促進するための有効な仕掛けです。その一方で、「評価されるから行動する」という外発的動機付けに頼った仕掛けともいえます。外発的動機付けそのものが悪いわけではありません。組織として一定の行動を促進するうえでは有効な手段です。行動規範の浸透という意味では、「価値観への共感」が内発的動機となって行動につながることがあるべき姿です。しかし、内発的動機は人事評価制度によって直接生み出せるものではありません。このような状態を目指すには、人事評価だけでは限界があります。行動を促進することと、価値観を浸透させることは似ているようで異なります。人事評価は前者には有効ですが、後者を実現するためには別のアプローチも必要です。
ここまで、人事評価基準を活用した行動規範の浸透について考察してきました。
社員が価値観に共感し、自分事として捉え、自発的に実践する状態を目指すのであれば、人事評価基準だけに頼ることはできません。
経営者の発信や職場内での日々のコミュニケーションのあり方など、様々な取り組みを通じて初めて価値観は浸透していきます。したがって、価値観の浸透において考えるべきことは、人事評価基準をどう設計するかではなく、どのようなアプローチを組み合わせて価値観の浸透を図るかではないでしょうか。
