【森中】評価制度と多様性②
前回に続き、「評価制度と多様性」という内容です(前回のブログの内容はこちら 評価制度と多様性①)。
前回の内容では、「評価制度を構築することは、ある面では社員に画一的な行動を求めていくという側面があるように思う。このことは、個々人の役割認識を明確にし、期待行動を促進できるというメリットがある反面、社員の多様性(個人ごとの多様な働き方とかキャリアの多様性、あるいは物事に対する多様な捉え方など、幅広い意味合いを含む)を疎外することにならないだろうか」という、とある企業担当者からの興味深い質問のやり取りを紹介しました。
直接的な回答になるかどうかは自信の無いところもあるのですが、今回は上記の質問に絡む形で、実際に筆者がクライアント先でコンサルティングの支援をした事例について簡単にご紹介します。
A社(仮)では、近年社員の高年齢化が顕著であり、これまで主力であったメンバーのリタイアが相次いでおり、今後人材不足傾向になっていくことは明らかな状況でした。人員の獲得が難しい状況下の中で、新卒・中途社員の採用強化に加え、パート・アルバイトや契約社員からの正社員登用など、多様な社員の活用が必要でした。一方で、その多様性がゆえに、「残業ができない」「キャリアアップを望まない」といった、従来の社員傾向とは異なる社員層が増加するなど、新たな課題に直面することになりました。
経営トップはこうした現状に対して、多様な働き方を望む社員がイキイキと働けるような職場環境、人事評価制度に変革をしていかないと、人材不足に対応することはできないと判断し、「働き方の多様化」をテーマに、人事評価制度の見直しに着手することとしました。
主要な取り組みの一つが「多様な勤務体系」の導入であり、特徴は以下の通りです。
①既存のフルタイム勤務の制度を「時間軸と教育・訓練軸」の2軸により、 |
<多様な勤務体系の概要>
「時間軸」とは年間の時間外労働に対して上限を設ける考え方であり、「0~60時間」「160時間以内」「480時間以内」の3つのカテゴリで構成されています。「教育・訓練軸」とは会社が義務付ける各種の教育訓練・キャリアアップの機会を部分的に免除される考え方です。このような仕組みを社内の公式ルールとして設けることで、「残業ができない/したくない」「キャリアアップや積極的な教育機会」を望まないという社員に対しても、「働き方の選択肢の一つ」「多様性の尊重」として認めるという姿勢を会社として明確にしました。
1~6の各タイプを選択した場合、会社が本来であれば(条件を満たした上で)命令が可能な「時間外労働」「教育・訓練」の実施において除外認定を受けることができることから(その意味で、社員としては権利を得る)、その分、給与処遇や昇進・昇格といった人事評価制度の適用において一部の制限が課せられることになります。例えば、タイプ6を「制限無し」の類型とした場合、タイプ5では「昇格や昇進の制限」、タイプ4ではそれに加えて「賞与ベースの減額」「勤務部署の限定」「昇給への影響可能性」がある、といった具合です。
もっとも、各タイプの選択は本人の自由意志に基づくものであるという前提であり、給与・賞与等の直接的な処遇に関しても、基本給の減額は行わないこと、賞与ベースの減額も最低限の範囲にとどめていることなど、極端な処遇差を設けているわけではありません。
尚、一度勤務体系を選択した後でも、勤務体系の変更を制度上申請することが可能です。但し、フルタイム勤務(6タイプ)の中での変更に関しては、基本的に年1回のみ申請が可能であり、それ以外の変更申請は受け付けないこととしています。各部署とも、多様な働き方の社員を受け入れながら日々の業務オペレーションの調整を行うことが必要であるため、随時変更が行われてしまうと、適切な組織運営を阻害してしまうとの経営トップの判断から、変更時期は年1回としました。
A社が導入した新しい人事評価制度について、現場からは総じて肯定的な意見が聞かれました。これまでは事情があり時間外労働ができないことを後ろめたく思っていた数名の社員が、会社の制度として働き方のタイプが認められたことで、そうした気持ちを抱くことなく、勤務をすることができるようになっていることと、時間外まで及ぶ教育訓練の機会を過剰と捉えていた一部の社員についても、必要な範囲で選択ができるようになり、ワークライフバランスをより充実させることができるようになり、会社に対するロイヤリティはむしろ増したという声も出ました。
「多様な働き方の選択肢」を会社が予め勤務コースとして用意することで、それぞれのコースで求められる範囲の評価・処遇を受けられる評価制度を公式に採用したことで、多様な社員が存在することを前提とした組織運営のバランス調整に成功した事例の一つとして、参考にしていただければ幸いです。