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中小企業における人事データ分析・活用とは

昨今、人材流動性の高まりや様々なタイプの人材が働く環境となり、かつ人的資本経営や各種HRシステム市場が活況となっている背景もあって、人事データ分析・活用に関心を寄せている企業様も多いのではないのでしょうか。

 

人事に関連するデータとは、以下のような様々なデータがあります(筆者分類)。

人事に関連するデータ

 

 

人事データを分析・活用…とは、具体的に何をしたいのか?

上記に挙げたデータはあくまで一部ですが(注:すべてのデータが必要でもなく、収集が難しいものや重要性が低いものも含まれています)、人事に関連するデータは種類も選択肢も多岐にわたり案外複雑です。また、例えば過去の研修受講履歴、面談履歴など、探せばあるかもしれないが把握・管理しきれていないデータもあるでしょう。さらに、良い状態(表記ゆれ・欠損など不備がない、最新にアップデートされる仕組みとなっている等)でデータが集まっているか…は、まばらではあります。

 

昨今こうした情報を管理し、データを利活用しようという機運があります。ところで「利活用」とは、具体的にどのようなことが考えられるでしょうか。また、中小企業規模の会社では、何ができるのでしょうか。

以下具体的なケース例を取り上げながら考えていきます。

 

ケース例:勘やタテマエ意見に頼らず、若手離職防止施策の検討を行う

例えば近年若手社員が相次いで離職している…という問題があったとしましょう。若手社員の離職は、当然採用コスト・初期育成コスト上損失ですし、未来を支える社員がいないことはいずれ大きな問題に発展しそうですので、早めに手を打ちたい問題です。

何らか手を打ちたいものの、離職時面談ではホンネが聞けないこともあります。「辞めるのはキャリアアップのためです」と言われても、真実は別のところにあるかもしれません。そのため、在職する若手社員のエンゲージメント向上に影響を与える要素を把握しリテンション施策を検討するためのデータ分析を行おう…というデータ活用は、意義がありそうです。

 


分析具体例:ワークエンゲージメントスコア(例:https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/roudou/19/backdata/column2-3.html)を目的変数として、説明変数:従業員アンケートや、属性情報、報酬・評価情報、勤務タイプ、残業状況、過去社内イベント・参加プロジェクト歴等を使用し、相関関係の確認や、重回帰分析など統計学的分析でスコアに影響がありそうな要素を確認する…といったことは、特別なHRサービスシステムを契約していない企業でもExcelなどで実施でき、社内でも試しやすいかもしれません。


 

その分析の結果、例えば「上司支援が実感できている社員は、エンゲージメントが高い」となれば、上司との関係性があまり良くない(と回答している)社員や組織に対し、フォロー支援検討が有効かもしれません。ほかに「社内イベントやプロジェクトへの参加頻度が高い従業員ほどエンゲージメントが高い」と示された場合、社内コミュニケーションの機会、若手の部門横断的プロジェクトを増やす施策も考えられるでしょう。

 

データ分析について、不備がある、量的に十分でない、説明変数の妥当性がない、その分析は因果関係を示すものではない(上記例でも、エンゲージメントが高い社員だから、社内イベントやプロジェクト参加率が高い可能性もありますし、別の因子が隠れている可能性もあります)…など、専門家からすれば分析精度はやや難ありと判断される場合もあるかもしれません。

しかし、声の大きい社員の意見や一部社員の事例に引っ張られず、多面的視点で施策検討のため糸口となる情報や示唆を得るため、現状をまず可視化する、平均やヒストグラム等大まかな傾向を確認する、目的変数と説明変数の相関関係を確認してみる程度でも価値はあるでしょう(解釈に注意は必要ですが)。そしてデータから示唆されることを踏まえて、追加でヒアリングを行ったり、施策検討の意見交換・議論につなげたり、何らか次のアクションに有効につなげることもできるでしょう。

 

人事データ活用の今後は

データ活用が進む先進企業では、先のケース例に挙げたような関係性把握といった簡易分析だけでなく、(最新の)機械学習アルゴリズムでモデルを構築し、予測などの高度なレベルで活用している企業もあります。

今では、過去情報を学習し、採用の書類選考・適性検査結果などAIが合否アドバイスをする技術もあります。某大手IT企業ではAIを使い評価・賃金査定を行っている(団体交渉について労使紛争になり、結果的には和解)といったニュースもありました。倫理的にどうか、それは真に公平性ある判断なのか…という問題は別にしても、こうした技術活用の流れは、さほど驚くほどでもない時代になりました。

 

一方で人事データがデジタル化されておらず、そこまで高度な分析・活用がされていない、一昔前の紙帳簿時代はどうだったのでしょうか。

労働人口・構成、労働観や労働市場など時代背景は変化しているとはいえ、昔も正解が見えないながらも、現存する各企業は人材を採用し、配置・育成し、評価・処遇決定などを行い、社員とリアルなコミュニケーションをとりながら成長発展を遂げて来ています。

デジタル化して高度なデータ分析・活用をすること=企業成長につながる…という盲目的発想で、無目的に「何かやろう」とすることや、「機械学習で退職予測してみよう」「流行りのシステムを使ってみよう」…とすることは、不要な時間・コストを割くことになるリスクもあります。また、データ取り扱い次第では、社員に不安・負担を与えるリスクもあります。

なお、日本の企業のうち大規模人事データを持つ中堅・大企業は1%に満たないですので、ほとんどの中小企業では自社内データだけで、予測モデル構築などの高度な人事データ活用は難しいかもしれません(※データ分析エキスパートから見れば別の見方ができるかもしれませんし、時代が変われば変わるかもしれません)。

 

とはいえ、中小企業人事はどのようにデータ活用するとよいか

人事データ分析・活用という手段の前に、何らかの目指したいありたい姿、解決したい人事課題(管理職スキルアップ、退職率改善、配置ミスマッチ減、ハイパフォーマーのモチベーションアップ…など)が先にあるはずです。 

ケースは小さくても良いので「何のために?」「どういう目標を達成したい?」を言語化していく。その目的のために、何らか解決策の糸口を掴む/経営陣や現場の思い込みに依存しない現状を把握するための一つの方法として、簡単な調査での情報収集や、既存データの集計・可視化・探索的データ解析から取り掛かる…といった形がよいのではないでしょうか。

しかし、人事領域データが全ての答えを持っているとも限りませんし、実際0か1で表せない情報を社員自身が秘めている可能性もありますので、何でも定量・データ完結主義に陥らないバランス感覚や、最初からデータ活用に完璧な結果を求めすぎない…というマインドも大事でしょう。

また、折角データ(も)活用して何らか糸口を掴み、施策案をたてられたなら、それを実行し、期待している変化が得られていそうか効果性を検証する。中小企業の強みは、意思決定層と現場社員との近さでもありますので、PDCAを回しながら、よりよい状態に変化しているか定量的・定性的にモニタリングしながら現実組織に生かしていくことが重要でしょう。

執筆者

本阪 恵美 | 人事戦略研究所 コンサルタント

前職では、農業者・農業法人向け経営支援、新規就農支援・地方創生事業に8年従事。自社事業・官公庁等のプロジェクト企画・マネジメントを行い、農業界における経営力向上支援と担い手創出による産業活性化に向け注力した。業務に携わる中で「組織の制度作りを基軸に、密着した形で中小企業の成長を支援したい」という志を持ち、新経営サービスに入社。企業理念や、経営者の想いを尊重した人事コンサルティングを心がけている。