【森中】1人の社員が全社員から評価される多面評価制度事例(2)
(前回を見ていない方は、まず「1人の社員が全社員から評価される多面評価制度事例(1)」をご覧ください)
改めて、A社(社員数70名規模、サービス業)では「挨拶、言葉遣い、笑顔」といった基礎的な項目について、社員全員から評価を受ける多面評価制度を採用していた。
例えば「笑顔」の項目について、A社の評価表は次のようになっている。
①自分を含む全員を評価すること(他者に対する評価は無記名で行うこと)
②今までの印象で評価するのではなく、評価期間内の評価をすること
③笑顔の対象は社員だけでなく、パート・アルバイトや取引業者も含む
④評価は4段階とする
・S(100点):日常の挨拶・会話では常に、誰に対しても好感のもてる笑顔だった
・A(70点):日常の挨拶・会話では笑顔であることが多かった
・C(50点):日常の挨拶・会話では時々笑顔が見られた
・D(20点):日常の挨拶・会話ではほとんど笑顔が見られなかった
上記の基準に従って、自身以外の全社員から無記名で評価された結果の平均点が自身の評価結果になる、という構造になっていた。
このルールを聞いて最初に思ったのは、同一部署内ならまだしも、顔を合わす頻度の低い社員もいるし、1人が全社員の評価を公平に行うのは不可能ではないか、ということである。例えば多くの社員と日々接する機会の多い職種は良い印象を持ってもらいやすいため得であるとも言えるし、逆にそうでない社員は高い点数が取りにくい、そうなると社員からも不満が出るのではないか。
これらの点について人事責任者の方に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。
「評価制度としての理屈で考えた時に、公平にならない部分があることは承知の上です。しかし、現在では社員から納得感が得られるようになっています。
ただ、導入当初はご想像の通り、社員からの不満が多く大変でした。しかし、10年以上続けてくる中で評価点と実態が合致するようになり、課題がある中でも定着してきたと思います。例えば会う頻度が少なかったとしても、会った時には抜群の笑顔を返してくれる人のことは誰でもよく覚えていますし、そのような人であれば当然良い評判が流れますから、常にその状態なんだということも容易に想像できます。
また、制度の運用を続けていく中で、社員の方からも(決して評価されるからというネガティブな意識からではなく)自然と同僚と接する機会を増やしたり、意識的に笑顔をするようなアクションが増えてきたことも、評価制度の運用が適切にできるようになった要因であると考えています。」
A社の採用した評価制度は運用負荷が非常に高い仕組みであるから、初期段階で社員の不満が大きければ、一般的な会社であればその時点で廃止してしまうのが普通である。しかし、A社では10年以上の長きにわたって継続して制度を運用してきた。「継続」この1点がA社の一番の成功要因であったと考えられる。
では、このような制度を運用してきた経営者の目的は何か。A社の社長には明確な狙いがあり、非常に勉強になったことを覚えている。今回はこの話で締めくくることにしたい。
「サービス業に従事する者として、お客様に対してプロとしての笑顔を見せることは当たり前のこと。しかしそういう社員に限って、現場の同僚に対しては素っ気無い対応をしたり、パート・アルバイトに対しては上から見るような対応をすることもある。こうした社内外での対応の違いを常連のお客様などは案外よく見ており、違和感を覚えてしまう。我が社においても似たような傾向がありました。しかしこれでは我が社の理想とするサービスパーソンには育っていかないため、誰に対しても常に笑顔を見せることを意識してもらえるよう、評価制度を活用したいと考えました。ただ、一般的な評価制度(上司からの評価)では不十分であり、どうせなら全社員から見られている意識でやってもらおうということで、多面評価を思いつきました。定着するまでには長い時間がかかりましたが、今では“笑顔”が我が社の特徴であるとお客様から言ってもらえるレベルまで成長してきた、そうした実感もあります。今後も我が社の文化として、この評価制度を続けていきたいと考えています。」