評価者側から不満が出ない、人事制度とは?
人事評価制度に対する不満は、被評価者(評価される側)だけでなく、評価者側からも少なからず発生します。例えば、評価者である現場のマネジャーからは、以下のような声が上がることがあります。
・高く評価したい社員は多いが、正規分布に相対化するよう制約があり、納得がいかない
・全体調整・会社決定で評価が覆されることが多く、フィードバック説明に苦慮している
・高評価社員と低評価社員がいるが、昇給・賞与・昇格スピードもルール上さほど差がつかない
・上記と反対に、評価の処遇反映メリハリが大きすぎるため、特に低評価社員を作りたくない
(その他:2回連続でCつけると降格対象になるから、順番でつけるようにしておこう・・・)
・人事評価に手間がかかり、単純に評価時期や目標設定時期が大変である
・人事評価の項目や内容がつけにくい(抽象的すぎる/精緻すぎる/項目が多すぎる・・・etc.)
…など。
このように、評価者もまた制度運用において大小さまざまな不満を抱えていることも推察されます。また、人によって不満の持ちどころも異なるようです。
もちろん、「会社が定めているルールなのだから、黙って従いなさい。そのルール・意図も理解した上で、部下に説明し納得させるのもマネジャーの仕事なのだよ」と、一蹴することも一つ方法です。
(しかし、それでは話が終わってしまうため)一旦それはさておき、こうした評価者の不満を解消する方法はどのような選択肢があるか、少し考えてみたいと思います。
① 評価者(マネジャー)の裁量を最大化する
一つの極端な案として、マネジャーに一切の人事権を移譲する方法が考えられます。
具体的には、マネジャーには部門目標から適性労働分配率をもとに「総額人件費予算」の上限を設定させ、その範囲内で採用・配置・処遇をすべて決めさせる形式です。
人件費予算の中で、何人雇おうが、どのように賃金を配分しようが、それの意思決定はマネジャーに委ねられます。成果(利益)を上げられれば人件費予算も上がりますし、成果が出なければ(可能かはさておき)既存の従業員は減給、最悪人員削減も行う必要はあります。また、人事評価の実施有無も自由です。
当然ながら、裁量を持たせる代わりに、全ての責任はマネジャーに負ってもらいます。
このようにすれば、評価者が制度に対して不満を持つ余地はなくなるかもしれません。経営側にとっても、不用意に人件費は増えないため、万々歳です。
ただし、無制限な権限移譲はリスクがつきまといます。
まずマネジャー本人にも戸惑いや混乱が生じますし、さらにガバナンスや労働基準法の問題も起こり得ます。独裁政権化したマネジャーが暴走し、様々な部署で労働紛争が勃発するなど、経営上リスクが高まるでしょう。
また、各部最適の組織戦略に偏りすぎると、組織間の分断が進み、全体最適な観点は失われていく懸念が生じます。
したがって、やはり一定のルールはあった方がよいでしょう。バージョン②の案を考えてみましょう。
② 権限移譲と制約のバランスをとる
現実に目を向け、もう少しルール(制約)を設けるとすれば、たとえば以下ルールが考えられます。
・等級制度と等級別の標準報酬イメージ(上限・下限目安)は会社として示す
・各部門では、あらかじめ部門目標から労働分配率を参考に総額人件費予算を定め、その範囲内で等級別の人員計画を策定する
・採用には一定の裁量権を与えるが、会社の採用方針に基づく採用基準や手続きに則ることとする
・総額人件費予算内での給与改定・賞与配分の意思決定は移譲するものの、等級別の一人当たり昇給範囲・賞与“範囲目安”を定め、その中で公正明大な意思決定を行うものとする
・給与改定・賞与額を決めるための、評価方法やレーティング(S・A・B・C・D)の有無はマネジャーに任せる
・上記のように、処遇反映ルール化はマネジャーに委ねるが、従業員の仕事ぶりの評価及び、フィードバックは年1回以上必ず行うこととする
・等級昇格・降格は、所定の申請手続き・審査を経る。また、人員計画と照らして厳重に管理する
・不当な評価や処遇に対する意義申し立てホットラインは設ける。不当な評価・権利濫用が確認された場合は、マネジャーの職務を解く場合がある(牽制)
バージョン①よりは制約があり、組織として一定体裁は保てそうです。
しかし、これでも人事評価方法などの権限移譲度合いは大きい状態です。もちろん、評価方法の自由度が高い中で、マネジャーの力量を信じ任せていく・・・というのも、一つの方法論です。
ただし、これでは「会社として重視してほしい貢献の観点は?」「組織間連携を促進するため、各組織のリーダーレベルで必要な力量やふるまいとは?」など、求める人材を創出するための期待基準が揃わないものとなり、部分最適に寄りすぎる懸念はあります。せめてリーダー、マネジャーなどの組織の中心的役割を担う人物像のレベル感は、全社で合わせた方が組織運営効率は良いかもしれません。
そのため、バージョン③も考えましょう。
③ 評価の観点・指針を示す
・評価は“成果”のみならず、会社バリュー浸透のため、①顧客満足への姿勢、②革新的な取り組みへのチャレンジは、重点的な職務姿勢として評価すること
・リーダー層に求めている役割要件:現状分析・課題設定、計画推進、困難事案の交渉・合意形成、周囲との関係性構築、指導など、その期待役割が果たせているか評価すること
このように、経営戦略として求める人物像を、評価の考え方に反映させるよう指針を示すことで、「会社全体の人材レベル感」をそろえていくと、問題となる「部分最適に寄りすぎる」、「会社として求める人材の創出につながらない」という懸念は回避できそうです。
つまり評価表は、「会社が求める貢献を、どうやって測定するか」を示しているツールに他ならないのです。それを会社で作るか、マネジャーに作らせるかで考えると、会社で作った方が手っ取り早く、かつ軸がぶれにくいため、会社は評価表を作り評価の観点を定めているというわけなのです(その評価表をどこまで精緻に作るかという議論はここでは割愛)。
このツールで何らか評点、評語・評価ランク(S・A・B・C・D)を付けさせて、処遇反映ルールを示していくような従来日本型の人事制度とするか、またはバージョン②のように、評価指針は示すが、具体的な処遇反映ルールは一定の枠内でマネジャー裁量に委ねる…という方法も考えられます。
多くの日本企業では、マネジメントにそこまでの人事権を持たせていないため(採用・配置含め人事管理は、全社一元管理的な慣行がありますため)、前者の従来日本型手段をとっている会社が大半であると思います。また、それ自体を否定するものでもありません。ちなみに、冒頭の不満とは裏腹に「会社が相対化しろと言ってくれた方が、評価する側は助かる(そうしない限り、メリハリが意識的につけにくい)」という意見もあるため、全て責任を押し付けるよりかは、「会社のルール」という逃げ道を用意しておく、という考えも時には有効かもしれません。
ただ、会社によっては後者(=バージョン②のような、緩やかなルール)も生きる場合もあるでしょう。もちろん、マネジメントの手腕が問われ、今より責任は重くなり、上手く機能するかは未知数ですが、責任と当事者意識をもって評価と向き合わせるという点では、効果性が期待できるでしょう。
まとめ
最初に挙げた通り、人事制度に対する不満は被評価者のみならず、評価者側からも生じることはあります。そして、それらの不満の多くは「制度の融通の利かなさ」と「運用上の裁量・自由のなさ」に起因していると考えられます。それも踏まえると、評価者であるマネジャー層の裁量と責任をどう設計に組み込むかがポイントとなりそうです。
評価者の不満を制度改善のヒントと捉え、
・一定のルールとガバナンスを保ちつつ、裁量と納得感をどう担保するか
・会社として共通して育てたい人材像・価値観を、どう評価に織り込むか
という視点で設計を見直すことができれば、制度の形骸化を防ぎ、評価者も納得した上での人材育成・組織活性につながる「生きた制度」への第一歩となるのではないでしょうか。