人事制度コラム

人事制度コラム

固定残業代の是非

「固定残業代」とは、その名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働および深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金のことです。賃金制度設計を行う際(又は、すでに導入されている場合)に、この固定残業代について議論が生じることがあります。そこで今回は、会社側/従業員側の目線での是非や、注意点について改めて整理します。

 

固定残業代の仕組み

固定残業代とは、冒頭に記載の通り「仮に残業をしなくても、定額で決められた残業代を払う」という制度です。

例えば、基本給30万円の場合で、月平均所定労働時間:160時間、割増率:1.25、固定残業時間:20時間とする場合では、

30万円÷160時間×1.25×20時間=4.69万円

という計算になります。

 

固定残業代の会社側/求職者・従業員側それぞれから見るメリット・留意点

固定残業代について、会社側/従業員側それぞれから見るメリット・留意点をいくつか挙げると、以下が考えられます。

 

会社視点で言えば、メリットは一定ある一方、留意すべき点やデメリットにもなり得ることが多いことに注意が必要です。

「月給を高く見せられるし、従業員にとってもメリットがある」と思い込んで固定残業代を支給し始めたが、後になってから留意点に記載しているような部署間の不公平さに不満が続出する、知らぬ間に求職者から良くない印象を持たれている…というケースもあります。

 

それでも、やはり固定残業代の導入を検討したいとお考えの場合は、以下もご確認ください。

 

固定残業代の導入にあたって注意ポイント

1.トラブルを起こさないために、基本の3点を遵守する(必須)

固定残業代を導入するのであれば、まずは厚生労働省からの通達*1にある3点基本を押さえることが必須です。

「固定残業代を除いた基本給の明示」「固定残業代に関する労働時間数と金額の計算方法の明示」「固定残業時間を超過する時間外労働等(深夜・休出含む)は割増賃金を追加で支給する」を、遵守することは当然です。

 

これらは採用活動時の募集要項・求人票への記載はもちろんのこと、賃金規程及び労働条件通知、実際の運用の際も同様です。

 

2.適切な導入時計算

例えば、現在月の給与が30万の場合。30万円の支給額は変更しないが、内訳を基本給26万円+固定残業代4万円として導入する方法は、これは実質的に不利益変更にあたるため不可です。

 

正しく導入するためには、基本給30万円+固定残業代●万円と現行に加算する方法で導入します。なお、当然ながら基本給の割増賃金基礎時給計算が、最低賃金を下回らないよう注意しましょう。

 

3.適切な残業時間設定

例えば、月80時間の固定残業代を支給というのは違法か?と言われれば、直ちには違法ではありません。実際に、年間通じて毎月80時間の残業を強いていれば、基本的には違法です(※詳細要件、業種によって上限が異なるケース、最新の法律については厚生労働省HP等を参照ください*2)。

しかし、実際は毎月20時間の残業で、60時間分の余分な残業代が払われているに過ぎないのであれば、月80時間の固定残業代そのものが直ちに違法ではない、ということです。

 

しかしながら、2023年時点の法律上では月45時間・年間360時間以内が原則上限とされています。すなわち、これを超える固定残業代を設定している時点で、相当な残業を強いられるのではないかと捉えられる可能性が高いでしょう。そのため、基本的には月45時間以下で設定する企業が多いと見られますが、私見を述べると45時間も多いのではと感じるところです。

 

業種や階層・部署にもよりますが、厚労省の統計や支援企業先の残業実態も踏まえると、押しなべて月平均残業時間は20時間前後ではないかと考えます。そのため、あまりにも設定時間が高い数値であればあるほど、その会社では業務が効率化されていない、慢性的人不足、働き方改革の意識が全くない、などと悪いイメージに取られるリスクが高まるので、常識的範囲かつ実態に近しい数値が、イメージ的にもコスト的にも望ましいと考えます。

 

4.即時廃止ができるものではない

過去に30時間の固定残業代を導入したが、近年人員確保も順調に実施でき、社員の業務効率も上がり現状はほとんど数時間程度しか残業が発生していない…そのため固定残業代を廃止し実残業分の残業代支給に切り替えよう、と考えるケースも想定されます。その際に、直ちに固定残業代をすべて廃止しようとすると、それもまた不利益性が高い制度変更となるため、安易な即時廃止は出来ません。

 

固定残業代を廃止する際は、経年で少しずつ廃止していく、基本給に振り替える…など、何らかの移行措置が取られることが望ましいため、導入した以上に廃止する場合に手間又はコストがかかることにも注意が必要です(また、不利益性を差し置いても、会社の都合で固定収入を頻繁に変動させられると、従業員側も生活に不都合が生じ、不信感を与えます)。

 

まとめ

ここまでのように、固定残業代の導入・運用は留意すべき点が相当多いです。そのため個人的には、よほどの考えや事情がない限り、安易な導入を推奨していませんし、従来制度で導入していたが廃止を検討したいという声もあります。

 

ただ、まったく導入例がないわけではありませんし、ネームバリューある企業でも支給されているケースはあります。支援先企業様のケースで言えば、特定階層以上(作業者レベルでなく、裁量が大きく自身で業務のコントロールがしやすい職務で、労働時間=成果にならない職務。高い賃金水準でありながら非管理職)のみ、採用上の外部競争力も加味し高額年収を実現する目的と、時間で稼ぐのではなく成果で稼いでほしいというメッセージを出すため、導入するケースはありました(時間数は、常識的範囲で)。

 

いずれにしても、固定残業代を導入するのであれば、良い側面・悪い影響を及ぼす側面の両面から必要性を検討し、未来のことも考え、意図をもって適切に導入・運用することを推奨します。

 

*1:LL281209 派若 01, 厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000184068.pdf

 

*2:時間外労働の上限規制働き方改革特設サイト厚生労働省(20234月時点URL

https://hatarakikatakaikaku.mhlw.go.jp/overtime.html

 

執筆者

本阪 恵美 | 人事戦略研究所 コンサルタント

前職では、農業者・農業法人向け経営支援、新規就農支援・地方創生事業に8年従事。自社事業・官公庁等のプロジェクト企画・マネジメントを行い、農業界における経営力向上支援と担い手創出による産業活性化に向け注力した。業務に携わる中で「組織の制度作りを基軸に、密着した形で中小企業の成長を支援したい」という志を持ち、新経営サービスに入社。企業理念や、経営者の想いを尊重した人事コンサルティングを心がけている。