人事制度コラム

人事制度ホーム > 人事制度コラム > 人事考課(人事評価) > 人事担当者の悩み① 管理部の主力メンバーが退職したら、評価制度運用でトラブルが発生

人事制度コラム

人事担当者の悩み① 管理部の主力メンバーが退職したら、評価制度運用でトラブルが発生

「評価制度自体は理想的な内容。でも運用状況が理想的ではなく、改善の余地がある」

そんな想いを抱えている人事担当者の方も多いのではないでしょうか。

制度の設計と運用の間には、想像以上に深い溝が存在します。例外対応を含め細部まで精緻に設計しているなど、制度そのものは優れているにもかかわらず、制度設計時の想定通りには運用できていないケースは珍しくありません。

今回はそのようなよくあるケースをもとに、「評価制度運用でトラブルが発生した理由」と「解決の糸口」について考えてみたいと思います。

 

■人事担当者Tさんの悩み

管理部の主力メンバー、Sさんが退職した――。

Sさんは評価制度を熟知し、例外対応を含めてすべてを一手に担っていたキーパーソンでした。Sさんの業務は形式的にTさんへと引き継がれましたが、Tさんには評価制度の運用経験がほとんどありませんでした。

そして迎えた評価集計のタイミング。制度を読み解くことも、処理方法を理解することも困難で、管理部は困り果ててしまったのです。

管理部のトップも評価集計に関しては大枠の流れしか把握しておらず、例外対応を含め制度を熟知していた前任のSさんに業務が「属人化」していたことが顕在化しました。

 

■トラブルの種類を整理し、解決の糸口を見つける

こうした状況では、まず発生しているトラブルを下記の2つに分けて考えると、解決策が見えてきます。

 ① 不慣れな担当者だからこそ発生するトラブル (原因:業務の属人化)
 ② 誰が担当しても発生するトラブル (原因:制度の複雑性)

それぞれに適切な打ち手を講じることで、制度運用のトラブルを削減することが可能になります。

 

①業務の属人化

後任のTさんのように不慣れな担当者だからこそ発生するトラブルがありました。トラブルの原因は、「業務の属人化」が組織的に起きていたことだと考えられます。

日々のルーティーン業務であれば、OJTによる引き継ぎが可能です。一方、発生頻度の低い業務(今回のケースでは半年に一度の評価集計)など、すべての業務内容を網羅した引き継ぎは難しい場合があります。Sさんは丁寧に引き継いではいたものの、細かな業務マニュアルまでは作成しておらず、後任のTさんは評価集計を始めた段階で出てきた疑問を誰にも聞けない状態に陥りました。

このように、具体的な処理方法が一人の担当者の頭の中にしか存在しなかったため、処理方法を知っている人がいなくなってしまいました。その結果、ミスが発生し、社員の信頼を損ねるリスクも生じてしまいました。

 

【解決の糸口】 ノウハウの形式知化

業務の属人化はSさんだけの問題ではなく、組織全体の問題でした。属人化から脱却するためには、個人のノウハウや経験を「形式知化」することが不可欠です。例えば以下のような打ち手が有効です。

 

・評価シート提出~集計までのタイムラインを整理して、関係者の動きを可視化する
・評価集計の処理マニュアルや業務フローを「文章化+図解化」して残す
・よくある例外対応の「判断ルール集」を作成する

 

さらに一歩進んで、評価システムの導入を検討すべきでしょう。従業員規模や導入する目的など費用対効果を検証する必要はありますが、システムで例外処理の対応方法を一度設定できれば、その後誰が担当しても同じ処理が可能になります(ただし、制度が複雑なままであればシステム設定が難解なことには変わり無い。また、非常に柔軟な設定が求められる場合、システムによっては設定不可な点に留意)。

 

②制度の複雑性

一方、退職したSさんを含め誰が担当しても発生するトラブルもありました。トラブルの原因は、「制度の複雑性」だと考えられます。この企業のケースでは評価制度の運用ルールが非常に複雑で、例外対応のパターンが数多くありました。具体的には、

 

〈評価期間中に休職した社員〉

復職し業務期間が3分の2を超えていれば実評価を反映。
実評価が標準未満なら事由によっては標準に補正

 

〈評価期間中に入社した社員〉

標準評価として処理。
ただし、評価期間の3分の2を超えて在籍していれば実評価を反映。実評価が標準未満なら標準に補正

 

〈評価期間中に異動した社員〉

異動前後それぞれの上司の評価を期間按分。
ただし、異動後の所属期間が評価期間の3分の1以下であれば、異動後の実評価は標準に補正

 

〈評価期間中に正社員から定年再雇用になった社員〉

正社員の期間が半分以上であれば、正社員として評価。半分に満たなければ、再雇用社員として評価

 

一見運用ルールが細かいようですが、どの企業にも発生しうる対応ばかりです。これらのパターンを全てExcelで管理・処理をしていました。業務に慣れたSさんでさえ時々ミスを出しており、後任者にとっては極めてハードルが高い運用でした。

 

 

【解決の糸口】 運用ルールの簡素化

制度の公平性や納得感を高めるために精緻なルールを設けることは重要です。しかし、それ以上に「無理なく運用できるか」という視点が制度設計には欠かせません。複雑な例外対応や解釈のブレがあると、ミスや意図しない運用が生じるリスクが高まります。運用の実現性も踏まえ、この企業のケースであれば「例外対応はすべて標準評価に統一する」などといった運用ルールの簡素化を検討すると良いでしょう。

 

■制度は適切に運用できてこそ意味がある

評価制度の精緻な設計はもちろん重要ですが、その制度が“誰でも回せる形で”運用されることが同じくらい重要です。担当者間の解釈のブレにより意図しない運用が生じると公平性が失われ、理想を目指して設計した制度が形骸化してしまうからです。

「誰かがいなくなったら運用できない」ような組織風土のままでは、いつかまた同じトラブルが起こります。今このタイミングをチャンスと捉え、制度の設計と運用の両面から見直してみてはいかがでしょうか。

属人的な業務を脱し、再現性のある運用へとアップデートする――

近年、転職市場の活発化により人材の流動性が高まっています。担当者が変わってもこれまで通り業務を進められるよう、「属人化を避けること」や「トラブルの原因となるような業務の複雑化を防ぐこと」が肝要です。

執筆者

田中 花 | 人事戦略研究所 コンサルタント

大学では、地域に根差した企業活動について学び、製造・卸売・小売・飲食・農業協同組合へ事業に関するヒアリングを行う。その中で、後継者問題等の業界課題や、企業と消費者の接点が少ない等の現状を知り、少しでも経営者の役に立てることをしたいと思い、新経営サービスに入社。多様な経営課題を抱える中小企業の経営者に、「まず先に相談しよう」と思ってもらえる経営コンサルタントを目指し、日々活動している。