人的資本経営時代の“評価分布”の意義
多くの企業では人事評価の決定において、以下フローを取るのではないでしょうか。
何らか評価基準(評価シート)に基づき、一次評価者が絶対評価(採点)
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二次か三次評価などで相対評価(S/A/B/C/Dなどレーティング)
相対評価の考え方も様々ありますが、例えば上位20%・中位60%・下位20%のように「評価分布制限を設ける」形式を導入されている企業も多いのではないでしょうか。
日本の人事専門誌の調査等を見ても、分布制限を実施する企業は、処遇反映区分(昇給・昇格・賞与)や対象区分(管理職・一般社員)、企業規模でも異なりますが、概ね40~50%あるとされています。※なお、厳格な運用(強制的)か否かにも分かれます。
また、アメリカでの民間調査レポート等を見ると、総じて「Forced distribution(強制分布)」を実施している割合は10数%、「Guideline distribution(推奨分布)を提供するも、強制分布ではない」が40~50%前後となっているようです(それ以外、レーティングがない場合もある)。
かつてゼネラル・エレクトリック社で運用されていた「ランク・アンド・ヤンク」方式も、マイクロソフト社で行われていた「スタックランク」も2000年代後半~10年代に廃止するなど、強制分布制限は廃止になりつつあります。
※注:ただし、アメリカのかつてのランク付け意図は、ローパフォーマーは解雇する“代謝”も含まれますので、日本の長期雇用前提の土壌とは全く異なる点と、ランク強制が廃止されても、原資キャップがある中でマネージャーがチームや個人に適切と考える報酬を柔軟に配分する権限がある構造、という差異に留意が必要です
また、強制分布や強制代謝は下火になったと推察されますが、レポートにあるような「Guideline distribution(推奨分布)」はアメリカの企業にも存在するなど、何らかの分布概念はあると推察されます。
ところで、評価分布を設ける意義は何でしょうか。“評価とはそういうもの”、というお考えもあるかもしれませんが、今一度その意義を確認していきます。
評価分布制限が持つ役割・機能
①組織内の公平性担保(甘辛調整)
どんなにやっても、評価甘辛は部門間で生じるものです。そのため、予め分布を設定することで公平性を担保することになります。
②昇格・昇給(+賞与個別配分)の財務統制
評価分布制限があれば、無暗に高い評価者が出現することも有りませんので、ある程度昇格者・昇給額のコントロールが効き、人件費の統制が取れやすくなります。
③経営陣・人事側から見た人材管理指標
必ず各部署の相対的ハイパフォーマー/ローパフォーマーが可視化されることで、経営層や人事側から見た人材マネジメントの意思決定にも役立つでしょう。
しかし、ご承知の通り評価分布制限には副作用も生じます。
評価分布制約による副作用
①実際のパフォーマンスと、評価ランクは整合しない
成果を出していないチームで全員が怠け者でも、分布上では「S」が付きます。
反対に、成果が高いチームで全員が優秀でも、「D」がつきます。
そうしたことも踏まえて、評価のランクと実際のパフォーマンスが合致しないため、「D」=ローパフォーマーであるとは言い切れません。
②従業員モチベーションへの影響
個人にとってみれば、目標を達成したとしても高い評価が付くとは限らない。他人の評価次第になるため、成果創出への動機付け部分でマイナスの影響はあるでしょう。
③チームワークの阻害
組織内で競争、序列を付けられる関係性になるため、チームワークよりもチームの中で飛びぬけて成果を高めることが目的になりかねません。
上記のようなことから、二次・三次評価者ももがきながら調整する⇒一次評価者がフィードバックに苦慮する⇒被評価者は「納得いかない!」という一連の事象が発生し、「一体何のための人事評価なんだ」という、徒労感が募ることもあるのではないでしょうか。
とある企業の社長が仰っていたこと
「世の中を広く見れば、確かに優秀な人材、そうでない人材はいるだろう。しかし、わが社はその枠を押し付けたくない。相対的に“ダメ”という烙印を押すのではなく、全員が高い評価をとれるよう目指して、精一杯やってもらいたい。そもそも、働かないタダ乗り人材を抱える余裕もないのだから」
…と、仰っていました。
そうした強いポリシー・メッセージが、管理職や現場社員末端まで届く組織規模で、最後は経営判断で人件費面含めて“うまいこと”調整ができるのであれば、個々人と組織全体のパフォーマンス向上のためにも絶対評価を土台とするコミュニケ―ションが得策でしょう。
では、絶対評価がいいのか?
単純に白黒がつく話でもありません。一定規模の会社で、日本のマネジメント実態を見れば、管理職に実質的な人件費予算と人事(採用・解雇・昇給額決定等)決定権限が大きく与えられていない以上、評価と処遇が結びつく制度であるならば、“評価の無法地帯”は簡単に許容できません。
しかし、組織間甘辛を防ぐことは、相当ハードルが高いことです。
いくら評価者研修などトレーニングをしたとしても、評価は甘く出る…といった事象は生じます。それを回避するため、評価調整会議などの機械的ではない調整手段を経ることが多いと思いますが、組織によってはその運用困難性が異なります。
暗黙的に組織序列があり、組織間で建設的議論ができない(注:制度ではどうしようもない問題)、組織数も多く人事の目が行き届かず、実際会議が出来ていない…など。どこまで厳格にするかはさておき、あらかじめ制限を設けることは、そうしたアナログな調整が、“今の組織だと、どうやっても無理だ!”という会社において、結果的に社員の処遇不公平感を減らすための統制手段にならざるを得ない…という事情も理解できます。
各評価者の視点でみても、評価者自身が“穏便に”済ませたい、という心理も発生します。とある管理職から「被評価者が一定人数居るなら、分布制約下で評価しろと言われるほうが、意図して厳しい目線をもって評価もつけやすい」という意見もありました。寛大化・中心化など評価エラーを各評価者レベルから防止する点でも、制約を設ける(または、ガイドラインは示す)ことの一定有効性もあるでしょう。
相対的評価結果を、ポジティブに活用する
また、相対評価分布活用によっては“投資”をする対象の優先順位も立てやすくなります。「ランク・アンド・ヤンク」方式のように、解雇対象者を選ばせる代謝目的ではなく、人材育成・活用の観点です。
“同じグレードの社員全員が、各々の役割を頑張っている”とはいえ、恐らく“ステップアップ(昇進)を考えると、優劣がつく”のではないでしょうか。そう言った観点での評価結果を踏まえ、上位者に選抜型の研修プログラムを受講させ育成するなど、将来人材育成を見据えた選択と集中の意思決定にも役立てやすくなります。
反対に、相対的ローパフォーマーは、もしかしたらその組織にフィットしていないのかもしれません(上司との相性を含めて)。そうした対象者への早期リスキリング、新しい領域・部署への転換を促すなど、マネジメント施策も考えやすくなるでしょう。
人的資本経営時代の、評価の在り方を模索する
このほか、A・B・Cをつけないノーレーティングなどの方法、相対であっても緩やかな方法もあるわけですが、最適解を導くことは難しいものです。企業規模・組織体制・組織風土・マネジメント人材の成熟度(アナログ調整の運用実現性)/ポリシーや実現したいこと(反対に何を妥協するか)/人件費コントロール…複合多面的に検討する必要があります。
原資をコントロールしやすい賞与評価か、基本積みあがる昇給・昇格に反映する評価か、でも事情は異なります。裁量と責任が大きい管理職(マネジメント)か、一般社員層か、でも区分されます。管理職は部門結果責任を高く求めるのであれば、「絶対評価でリターンがダイレクト(良い時も、悪い時も)」といった考え方もあるでしょう。
列挙している部分が多く、整理しきれていない記事になりましたが、今一度“そういうものだ”と思っていたことを、“人材活躍、組織生産性向上のために、今の方針がベストか?”を問い直していくきっかけになれば幸いです。
参考URL:
米国のレポート・記事等