勤務地限定制度を検討するその前に
最近、中小企業の経営者や人事担当者から「採用力強化や社員の定着率向上を目的に“勤務地限定制度”を導入したい」というご相談をよくお伺いするようになりました。
本稿では、勤務地限定制度の検討・導入を急ぐ前に、まず立ち止まって考えるべき2つの観点についてご紹介したいと思います。
■勤務地限定制度とは?
勤務地限定制度とは、社員が特定の勤務地(地域や事業所等)でのみ勤務する働き方を認める制度です。社員や求職者の転勤したくないというニーズに応えるために、広域に事業所を展開する大企業を中心に導入されています。
■運用のハードルは高い
勤務地限定制度が大企業を中心とした導入となっている背景には、もちろん大企業ほど広域に事業所を展開しているからといった要素も挙げられますが、小規模組織になるほど組織編成の選択肢が限られてしまうからといった要素も挙げられます。中小企業においては、一つの事業所を数名で運営しているというケースも珍しくありません。そのような状況で本制度を運用していくためには、大企業と比較して大きな制約(制度適用者の制限等)を設けることが不可欠であり、なかなか制度導入には至っていないと考えられます。
■中小企業でも注目される理由
しかしながら、この人材不足の環境では中小企業においても、
・転勤ありが前提だと応募者が集まらなかった
・転勤の辞令を出した途端に離職されてしまった 等々
といった問題意識から、たとえ運用のハードルが高いとしても何とか工夫を凝らして乗り越えて、“勤務地を限定した働き方を制度として導入するべきでは”と感じる局面が増えてきているのでないでしょうか。
■制度の検討・導入の前に押さえておきたい2つの観点
【1】効果性の観点(社員・求職者視点)
まずは、本制度が本当に効果的な施策になり得るかどうか、社員・求職者の声をもとに客観的に検証してみましょう。例えば、下記のような情報収集が有効です。
- 選考辞退者への理由確認(辞退要因として転勤の有無は関係していたか)
- 退職者に対するヒアリング(退職理由として転勤の有無は関係していたか)
- 現在の社員へのアンケート(転勤を含む人事諸制度に対する不満は何か) 等々
これらの結果を分析することで、“転勤の可能性が採用や定着における大きな問題なのか”が見えてきます。例えば、退職理由・不満要素の多くが評価や賃金であった場合、優先して取り組むべきは勤務地限定制度ではなく、別の施策かもしれません。逆に、「転勤の可能性があるからこの会社を選ばなかった、或いは退職した」という声が多ければ本制度は有効な施策の一つとなり得るでしょう。
【2】実現性の観点(会社視点)
次に、自社の人事戦略や人材マネジメントの方針に向き合い、本当に自社の方針に合致する制度なのかを検証してみましょう。例えば、下記のような問いを持つイメージです。
- 事業戦略・計画を実現する上で、勤務地を問わず柔軟に動ける人材はどの程度必要か?
- 人材育成のなかで、様々な勤務地での経験を求める社員はどの程度必要か?
- 今後の採用は、本社一括採用と地域採用のどちらを想定しているのか? 等々
これらの方針次第で、制度の在り方が変わってくることが想定されます。場合によっては、別の施策(例えば、転勤者に対するインセンティブを強化する等)を講じる方が相応しいことも考えられます。本制度は一度導入すると変更や廃止に手間を要するため、改めて中長期的な自社の方針について整理することをお勧めします。
<方針・制度の在り方の例>
■まとめ
勤務地限定制度は、採用力の強化や社員の定着率向上を目指す上で有効な施策の一つになり得ます。但し、制度の検討や導入を急ぐ前に、社員・求職者が何に不満を感じているのかを客観的に把握する(本制度が本当に効果的な施策になり得るかどうかを検証する)ことと、自社の人事戦略や人材マネジメントの方針に向き合う(制度が自社の方針に合致するのかを検証する)ことが肝要です。特に、経営幹部の間で制度導入に対する意見が異なる場合には、“なぜ勤務地限定制度なのか”ということを何となくの感覚ではなく、ハードルの高い運用を乗り越えていくためにも共通の判断軸をもって意見交換し、合意形成していくことが求められます。勤務地限定制度の必要性を感じ始めている経営者・人事担当者の皆様のご参考になれば幸いです。