昇格基準は、厳しくするだけでは機能しない ―「卒業方式」と「入学方式」の使い分け
本記事の目次
・「昇格させたら期待外れだった」はなぜ起きるのか
・卒業方式と入学方式の違い
・中小企業が「入学方式」を採るべき理由
・管理職への昇格を機能させる工夫
・まとめ
「昇格させたら期待外れだった」はなぜ起きるのか
人事制度の運用のご支援をしていると、経営者の方からこうした声をよく伺います。「プレイヤーとしては非常に優秀だったので課長に上げたが、部下のマネジメントが上手くできていない」「本人も苦しそうで、以前より生き生きしていない」。
これでは昇格させた側にも本人にも不幸な状態です。そしてこれらは必ずしも人選ミスではなく、昇格基準の設計に原因があることも多いです。
この問題を整理する枠組みが、昇格基準における「卒業方式」と「入学方式」という考え方です。まずは、両者の違いから確認していきます。
卒業方式と入学方式の違い
卒業方式とは、現在の等級に求められる期待水準を満たしている(=“卒業”できる)場合に昇格させる方式です。判断材料は、現等級での人事評価結果や経験年数が中心になります。「2年連続A評価だから昇格」といった運用は、卒業方式的な昇格基準といえます。
一方の入学方式は、上位等級に求められる期待水準を満たしている(=“入学”できる)場合に昇格させる方式です。したがって現等級での要件を満たしているだけでは昇格できません。この場合、評価結果に加えて、上司推薦や試験などを通じて「上位等級の期待値に応えられるか」を判断します。
両者の違いは、判断の視点が現等級での実績にあるか、上位等級での期待役割にあるかという点にあります。卒業方式は現等級での実績をもとに判断するため、運用がしやすく、社員にとっても納得を得やすい仕組みです。ただし、上位等級での適性までは判断材料に含まれません。冒頭に挙げた「プレイヤーとしては優秀だったが管理職としてはいまいち」といったケースは、卒業方式で起こりやすいです。
入学方式であれば、上位等級での適性を昇格前に確認できます。それにより、大きなミスマッチや期待外れは防ぎやすくなります。一方で、判断材料が増える分、運用の負荷は大きくなります。「実績を出しているのになぜ昇格できないのか」という不満も生じやすくなるでしょう。
なお本コラムでは、職能等級をベースに役職を紐づけている企業を前提とします。役割等級のように等級と役職が1対1で対応している場合は、等級を上げること自体が役職を任せることと同義になります。そのため、実質的に入学方式にならざるを得ません。判断方式が論点になるのは、等級と役職に幅がある職能ベースの制度です。
中小企業が「入学方式」を採るべき理由
入学方式には運用上の負荷が伴いますが、中小企業では、「入学方式」を採用すべきと考えます。理由は2つあります。いずれも大企業で起こらないわけではありませんが、中小企業でよくみられるケースです。
1つ目は、ポスト数が限られていることです。職能等級では、能力の伸長を昇格で認めます。そのため、役職に空きがなくても等級だけは上がっていきます。管理職の枠が少ない組織でこれを続ければ、期待役割を担えていない社員が滞留します。結果として、等級と実態の乖離が広がり、周囲の納得感も失われていきます。
2つ目は、昇格後にミスマッチが判明しても、修正が効きにくいことです。降格制度を設けていても、実際に運用するには相応の負荷がかかります。加えて、少人数の組織では管理職一人の業務が滞ると、部署全体の成果低下や離職に直結します。
もっとも、すべての等級を入学方式にする必要はありません。現実的なのは、等級ごとに昇格ポリシーを変える設計です。たとえば1等級から2等級への昇格は、一定期間の経過をもって認める。担当業務を独力で遂行できる水準を求める3等級では、評価結果を基準にする。そして、マネジメント能力が問われる管理職層への昇格では、入学方式で厳格に判断する。厳格な判断が必要になるのは、求められる役割が大きく変わるタイミングです。すべての昇格に同じ労力をかけるのではなく、その場面に絞るほうが現実的でしょう。
ただし、基準を厳しくすれば解決するという単純な話でもありません。中小企業では候補となる人材の母数が小さいため、基準を厳格にすると「該当者ゼロ」という結果になりかねません。しかし、組織運営上、管理職のポストを空けたままにはできません。結果として、基準を満たしていない人をやむを得ず昇格させることになります。これが繰り返されれば、厳格にしたはずの基準は形骸化していきます。
この事態を避けるには、2つの手を打つ必要があります。1つは、適任者が出るまで上位役職者が一時的にポストを兼務することです。空いたポストを無理に埋めないことで、基準の形骸化を防ぎます。ただし、これは時間を稼ぐ手段にすぎません。同時に進めるべきなのが、基準を満たす人材を計画的に育てることです。厳格な基準は、「何ができれば上がれるのか」を示す、育成の指針にもなります。次章で挙げる工夫は、いずれもこの2つの側面を併せ持つものです。
管理職への昇格を機能させる工夫
管理職への昇格には、実際に役割を任せる前の段階で判断せざるを得ないという難しさがあります。実績ではなく、適性で見極めるほかありません。これを補うために、次の3つの工夫が有効です。
①「管理職補佐」等の等級段階を設ける
課長補佐やチームリーダーといった段階を等級制度上に設け、小さな範囲で部下や後輩へのマネジメントを経験させます。実際の行動を見たうえで判断できるため、見極めの精度が上がります。
② 論文・プレゼン・面接を取り入れる
論文やプレゼン、面接の実施を通じ、「担当部署・組織をどう運営するか」を本人に言語化させる方法も有効です。選抜の判断材料になるだけでなく、昇格後の役割を意識づける効果もあります。
③ 上位等級の基準を事前に開示する
「実績を出しているのになぜ昇格できないのか」という不満を防ぐうえでも、上位等級に何が求められるかの明示は必要です。等級基準書などで期待役割を言語化し、「何ができれば上がれるのか」を社員が事前に把握できる状態にしておきましょう。
まとめ
本コラムでは、昇格基準における卒業方式と入学方式の考え方を取り上げました。「現等級で優秀だから」という理由だけで昇格を判断すると、上位等級での適性が判断材料に含まれません。ポストが限られ、昇格後の修正も効きにくい中小企業では、特に管理職層への昇格において、上位等級の期待水準で判断する入学方式が有効です。
ただし、基準を厳しくするだけでは運用は続きません。要件を満たす人材が育っていなければ、いずれ基準は形骸化します。補佐等級での経験機会、論文や面接を通じた意識づけ、上位等級基準の開示は、選抜の精度を高めると同時に、次の管理職を育てる仕組みでもあります。
冒頭にご紹介した「本人も苦しそうだ」という状態を防ぐには、「上げてから考える」のではなく、「何ができれば上げるのか」を先に定め、そこに向けて育てておくことが必要です。それが、昇格する本人にとっても、組織にとっても納得できる運用につながります。
